セントラリアだけじゃない。世界の燃え続ける火災ランキングTOP10【日本もランクイン】

「地震雷火事おやじ」のなかに入ってくるように、火災は昔から怖いものだった。だが、技術の進歩によりある程度の火事ならすぐに消し止められる。

しかし、今の技術でも消化が不可能なレベルの火事もある。

その証拠に、何十年も燃え続けている火災が世界各地に存在している。

 

今回はそんな永遠に燃え続けるのでは?と思わせられるような火災を、長く燃え続けている順番でランキングを作成した。


 

10位 多久市のボタ山 / 日本 佐賀県 2017年~

佐賀県多久市は炭鉱で有名だった街だ。エネルギー革命により石炭の需要が減ったため、1972年に最後の鉱山が閉山された。

この炭鉱群の名残である、使えない石炭を一か所に集めた「ボタ山」がいたるところに存在している。

最近の話だが、このボタ山の石炭に火が付いて、2017年5月から燃え続けている。火がついたボタ山の周りには森林があり、約3000平方m以上が焼けてしまった。

出火原因は、このボタ山がある土地の所有者がゴミを焼却した際に地下の石炭に燃え移った。

いまだに鎮火できておらず、今後も燃え続けることになる。

※まだ2年しかたっていないのでこのランキングでは新米中の新米。というより、これよりも長く燃えている火災は探せば見つかるはずだが、探すのが面倒だった私の検索能力では見つからなかったので日本を入れてみた。

 

9位 地獄の門 / トルクメニスタン アハル州 1971年~

トルクメニスタンのアハル州には広大なカラクム砂漠がある。そのほぼ中央にダルヴァザという小さな村がある。もともと、とても小さな村でこの村の存在を知っている人は少なかったが、ある日から多数の観光客が訪れる名所に変わった。

以前から、ダルヴァザ付近の地下には天然ガスが大量に埋蔵されていることが分かっていた。1971年にソ連の地質学者がボーリング調査をを行い、ガスを発見することができたが、地盤が崩れ直径100mもの穴があいてしまった。

天然ガスが埋蔵されている場所に穴が開けばもちろんガスが噴出してくる。この有毒ガスの放出を食い止めるため、火をつけて燃焼させることになったが、可燃性ガスが地下から絶え間なく吹き出るため、延々と燃え続ける今の状態になった。

付近の住民はこの穴を「地獄の門」と名づけた。

現在の技術では消化は不可能であり、天然ガスの埋蔵量も不明なため、いつまで燃え続けるかもわかっていない。

 

8位 セントラリア / アメリカ合衆国 ペンシルバニア州 1962年~

セントラリアは巨大な石炭の地層があり、炭鉱の町として栄えた。最盛期には炭鉱で働く家族が2761人暮らしていた。

だが、1962年5月に炭坑内で火災が発生。これが石炭の地層に燃え移り、大規模な火災が発生した。埋蔵されている石炭が非常に多かったため、2019年現在、いまだに燃え続けている。この火災で地表の温度は高いところで80度に達し、地下水は水蒸気となって地表から噴き出している。この水蒸気には有毒な成分が含まれ、二酸化炭素や一酸化炭素も噴出している。

火災の原因は特定されていないが、ゴミ集積所のゴミを焼却した際に燃え移ったという説が有力。まさかそこまで地表に石炭の地層があるとは思わなかったのだろう。

火災の消火には莫大な費用と技術面の問題があったため、政府は消化を断念。住民に立ち退き料を支払い、退去させた。

だが、住み慣れた土地で暮らしたいという人たちが住み続けているため、全くの無人ではないようだ。2017年には10世帯ほど暮らしているという。

 

7位 ジャリア地区 / インド ビハール州 1995年~

インドのビハール州にジャリア地区という場所がある。この地区に建つ家はほとんどがバラック小屋で、住民たちは貧しい生活をしている。ここの地下には莫大な量の石炭が埋蔵されているが、儲けているのはここに投資をしている実業家たちだけなのだ。

しかも、現在大量に埋蔵されている石炭が住民を苦しめている。

記録によると、1995年に採掘時に出る火花が出る原因で出火した。それ以降範囲を広げながら火は燃え続けている。今では70か所以上から火の手が上がり、全住民が避難しなければならないようになるのも時間の問題とされている。

この火災対策として1260億円を投じる計画が立案されているが、この予算はセントラリアの90倍にものぼる。

これだけ大規模な火災が続いているにも関わらず、移住しない選択をする住民が多い。貧困のため不法に集めた石炭で生活している人たちが多いというのが理由のようだ。




6位 神通坑 / 日本 北海道 1913年~

北海道夕張市にある北炭夕張炭鉱は1890年(明治23年)から採掘が開始された。神通坑は5番目に掘られた坑道で1909年(明治42年)に開坑した。

その後採掘が続けられていたが、1913年(大正2年)に爆発音とともに火災が発生し、現在まで燃え続けている。

この炭鉱火災が原因で付近の地表温度が高く、北海道なのにであるにもかかわらず、冬は雪が積もらず、草木も枯れてしまっている。そのため、この山の別名は「ハゲ山」だ。地図の上部が火災が起こっている場所だ。

見事に木が生えていないことが分かる。

この炭鉱ではかなり大規模な事故も起こっており、興味本位で遊びに行くのはやめたほうがいいかもしれない。

 

5位 自然の湯沸し器 / 中国 重慶市 1958年~

中国の重慶市長寿区にある新市街道東門村には一年中火が吹き出ている空き地がある。この空き地では常に8か所から火が出ていて、村の住民たちはここで湯を沸かしている。

実は中国にはこのように火が噴き出している場所が大量に存在している。調査で見つかっているものだけでも60か所以上あることが分かっている。これらの大部分は地下に埋まっている石炭が原因だ。

一方、この村の火は天然ガスによるものだ。

1958年に油田の調査に来ていた調査隊が天然ガスの噴出口を発見した。しかし、噴出量が少なかったため、採掘を中止し掘った穴を埋めてしまった。しかし、埋めた後も隙間から少量の天然ガスが噴き出しており、適度な日を保つようになった。

光熱費がかからないエコな村だ。

 

4位 リュウファンゴウ炭鉱 / 中国 新疆ウイグル自治区 1874年~2004年

寧夏回族自治区(ウイグル自治区)石嘴山市のルチゴウにあった炭鉱では130年もの間火災が起こり続けていた。燃えている間は地表の温度が300℃もあった。

長きにわたって燃え続けていたため、リュウファンゴウという名前がついたとされている。リュウファンゴウは漢字で『硫黄溝』と書く。硫黄の溝、ずっと硫黄のにおいが立ち込めていたに違いない。

ここでは1874年に火災が起きてから、実に130年間燃え続けた。(1874年といえば、まだ清の時代)だが、2000年から本格的に消火活動がスタートし、2004年に完全に鎮火した。

炭鉱の火災で人間の力で鎮火できた初めての例である。

この消火活動にはドイツ政府が資金援助をしている。その後の利権を考えていたのかは不明。




3位 ブレンネンダー・ベルク / ドイツ ザールラント 1688年~

ブレンネンダー・ベルクはドイツ・ザールラントにある「ドゥットヴァイラー」と「ズルツバッハ=ノイヴァイラー」という街の間にある。ブレンネンダー・ベルグとは「燃える山」という意味だ。美しい渓谷にあるため、ドイツの天然記念物に指定されている。

ここでは1688年に炭層火災が発生し、現在も燃え続けている。

火災の原因ははっきりと判明していないが、地滑りによる高圧と微生物による分解作用による自然発火という説が有力視されている。

1700年代には火を噴きだすまではしないまでも、真っ赤になった石炭がいたるところで見えていたそうだ。1800年代には火の勢いが弱まったが、まだ消えることはなく燃え続けている。

ドイツを代表する詩人のゲーテも1770年にここを訪れている。この場所にゲーテが書いたとされている詩が記念碑に記されている。

我々はドゥットヴァイラーの豊かな炭鉱、鉄、ミョウバン、そして燃える山について聞いていた。そしてこの身近な驚異を見にゆく準備をした…。我々は渓谷に入り、燃える山の近くまで来たことに気付いた。我々は強烈な硫黄臭に包まれた。洞窟の壁の一部は殆ど赤熱し、赤や白に燻された岩で覆われていた。岩の割れ目からは濃い煙が立ち昇り、厚底の靴を履いていても地面の熱さを感じることができた。 『ゲーテ』

 

2位 ヤナルタシュ山 / トルコ アンタルヤ 紀元前500年~

トルコのアンタルヤにはヤナルタシュ山がある。このランキングの例にもれず、ヤナルタシュとは「火の山」という意味だ。また、別名「キマイラ」とも呼ばれている。これは神話が元になっている。

ギリシャ神話に登場する、ライオンの頭とヤギの胴体、毒蛇の尾をもつ怪物「キマイラ」がヤナルタシュ山に封印され、いまだに火を吹いているという伝説。

この山は紀元前500年から燃え続けているという記録が残っている。また地質調査でもこの3位のブレンネンダー・ベルクに大差をつけて2位になった。

記録に残っているのが紀元前500年というだけで、燃え始めたのはさらに昔のはずだ。しかし、確認する方法がないため、2位となった。

 

1位 ウィンゲン山 / オーストラリア ニューサウスウェールズ州 紀元前4000年~

オーストラリアのサウスウェールズ州には「バーニングマウンテン自然公園」という場所がある。名前から想像がつく通り、太古から燃えている山がある。

ここの地下には石炭が大量に埋蔵されており、これがずっと燃えているのだ。驚くことに、地質調査によって推定された燃え始めた年は『紀元前4000年』、約6000年も前から燃え続けているのだ。(※6000年前の日本は縄文時代)

現在知られている炭層火災の中で最も古い。

原住民であるアボリジニの人たちはここからでる熱風を利用して、料理をしたり道具を加工したりしていた。

最初にこの山を訪れた人は火山活動による噴煙だと思っていたようだ。また、火は今でも広がり続けているようで、煙が出る位置が年間1mずつゆっくりと移動しているという。

ちなみに、この自然公園は一般人でも立ち入ることができる。駐車場まで車で行き、30分ほど歩いて山を登ると煙が噴き出しているのをまじかで見ることができる。

 

まとめ

数千年も燃え続ける火。

世界のスケールには毎回驚かされる。

 

だが、日本にもずっと鎮火していない火災が存在していたのだ。

炭鉱跡が観光地として整備されているので、機会があれば見に行ってみてはどうだろうか。